札幌からキャンパス移行後の2年半は信夫にとって大学とは、研究とは何だということを嫌ほど思い知らされた。あるとき外国で起きたフェリー「つくし」の事故に関する論文を一部記事にしたいという連絡が出版社からあった。事故原因とされる客室部の改装や過積載という内容ではなく、海外に引き渡される前段階で設計上の欠陥があったとも受け取れる論文を学会で発表後、噂を聞きつけたのである。やれやれ論文資料には執筆者と査読者の連絡先欄にそれぞれの電話番号と住所を記載していたから仕方ないものの、この種のいわば野次馬にかまっている時間などなかった。信夫は月刊雑誌「新大陸」編集部から送られてきた封筒の中身を1通り見終えるとゴミ箱へ放った。彼の論文査読者である教授からは、論文に関する取材は一切受けないよう固く言いつけられている。一歩間違えれば国際問題にも発展しかねないデリケートな事柄と思われていた為、この件は教授の専権事項となっていた。実際、事故の翌日には研究室へ国内の新聞社たちが取材に押し寄せた。教授は記者たちに模型船と実験設備を見せたあと、学生たちに実験器具や模型等の後片付けを依頼し終えると、最後に記者に向かって告げた。
「今から言う内容は絶対に放送しないでください。もし電波にのせようものなら国内の造船企業が外国からバッシングにあい、風評被害を受けるおそれがあります。」
その後、教授が記者に何を語ったかは信夫の知るところではない。何せ、その間、彼は1作業者として模型船をホイストで吊り上げ所定の位置に戻して、まわりの精密機器を片付けるのに夢中だったからである。その数日後、「新大陸」編集部から研究室宛てに1通の封書が届いた。中には返信用封筒と1万円札が10枚入っている。教授は困り果てた様子で、
「江波君、仕方ないから、事故を起こした供試船の写真を同封して返送してあげなさい。先日の郵便物を私もみましたが、彼らは模型船の写真が欲しいのでしょう。」
彼はフェリー「つくし」の1/65サイズ模型の写真を机の引き出しから取り出し、封筒に入れ、封をしようとした。
「あ、江波君、ついでにこれも。」
それは大学併設の曳航水槽で模型実験をおこなっている様子を撮った写真だった。水面に浮かぶ模型船が治工具によっておよそ20度のヒール角をつけ曳引電車に拘束されている。そして、その脇にはおそらく実験者であろう人の横顔が小さく映っていた。
月刊雑誌「新大陸」編集部のもとにとある男が訪ねてきた。
「フェリーに設計ミスがあった!?」
と書かれた記事の内容に感銘を受けたとのことであると。ぜひ情報提供者のお話を聞きたいと。その男は元刑事と言った。編集部の社員はその男に言った。
「情報提供者など最初から居ません。貴方は我々の書く記事が完全な創作であることを知らないのですか?あれはすべてでっちあげです。」
その男は、
「分かった。」
という様子で、重い口を開く。
「実は、記事に掲載されていた白黒写真のことでお話をうかがいたくて来たのです。できれば原本をお見せいただくことはできませんか?すぐお返ししますので。」
そう言われた社員は、
「あー写真ですか。それならよいですよ。」
と言い、模型実験の様子を映したカラー写真をその男に渡した。男は写真を受け取ると、しばらく凝視した後、目をつむる。
「あのー、どうかしましたか?すいません、もうよいですか?」
しびれを切らした社員が言った。
「あ、これは失礼しました。つい、自分の世界に入ってしまいました。」
と男は言うと、写真を社員に返した。社員は怪訝な様子でその男に聞く。
「何かおかしなことでもありましたか?」
男は吹き出る汗をぬぐいながら答えた。その男の興味は真ん中に映る実験機器や模型船ではなく、端っこに映る小さな人影にあった。「あ、いえ、いやーこの船はかっこ良いですね。」
と適当にうそをつく。今度は社員が返答に困った様子で
「この船は私の息子が趣味で買ったプラモデルですよ。いや本当に困ったものです。」
「ではありがとうございました。」男は「新大陸」編集部を後にした。男は地元の警察官を途中で退職し、今は自らのペンネームをKとした占い師の傍ら公園の清掃アルバイトで生計を立てていた。占い師と言うがいわば霊能者である。しかし、そちらのほうの稼ぎは乏しく、何か突破口を掴みたかった。そのため、さきほどは情報提供者に会いたい等とつい本音が出てしまった。男はさきほどの写真の端にうつっていた人の横顔を見たとき、一瞬でひらめくものがあった。
「何か嫌な空気がこの子の背後にある。」
男は自らが師と仰いだこともある作家の本を手に取る。
「水子霊は間違いなくこの世に存在する。妊娠して2か月経過すると、胎児にはもう霊が宿っている。そうなると、出産までの間に堕胎か流産をおこなった霊は水子霊となる。そして、一般に水子が現世の人間たちの目に見える形となって現れるのは男の子よりも女の子である場合が多い。そして、その場合、自分より早く生まれた人間に対して何らかのメッセージを残す。」
また別の識者は言った。
「霊というのは、私たち人間に自らが成長した姿を見せにくることがあるので、この世の時間軸は関係なく、年をとるという感覚がありません。つまり、不幸にも幼くして亡くなった子供の霊が数10年後、数100年後にも子供のままの姿で子孫の前に現れることもあるのです。また、それとは逆に、まだ死後1年しか経っていないのに、立派な大人になった姿を見せにくることもあります。」
男は直感的に思った。
「この水子霊は流産したものではない。おそらく・・・」
この写真にうつる青年の背後に感じる黒い靄のようなものがそれを感じさせた。どうやら霊的には流産と堕胎とで大きく意味合いが異なるようである。実際、男は自身の職業柄、過去に夫婦岩まで出向いたとき、そこにある神社の授与所で巫女さんと会話したことがあった。
「水子についての見解をお聞かせください。」
その巫女いわく、
「子供を自らの意思でおろした両親の子孫は、なんか恨まれそうですよね。」
「今年のお盆、うちの社務所の2階の襖に黒色の手形がつきました。その部屋は結婚式で使う新婦さんの控室です。母親を探している子供の仕業かもしれないです。その子がかわいそう。」
「わかりました。いろいろありがとうございました。これはほんの少しのお礼です。」
男は寄付をした。
「あーそれなら、こちらの木札にお名前をお書きください。」
「はい、どうも。」
世間には子供を意図的におろす大人たちが他にもたくさんいて、そういう人に限って神社で夫婦円満や家内安全を祈祷してもらいに来る。それはそれで良いが、もっと自分たちの行動を素直に見つめ直して、自分たちで人生を切り開く努力はできないものだろうか。子供をおろした親の子孫が将来的に子宝に恵まれないなんてことは原因がはっきりしているのに、それを棚に上げて日常の暮らしを変えることはせず神社で御祈祷とはご都合主義にも程がある。男は怒りを隠しきれず、帰り道、境内に落ちていた空き缶を思いっきり蹴っ飛ばした。さきほどの木札と同じようなものが大量に境内の入口付近に飾られていた。なぜか一番、古そうなものに目が行った。江波信夫。そう書かれていた。きっと、その人も昔、ここを訪れたのだろう。さらに男は本のページをめくる。
「人の人生を川に例えると、人は死ぬことで霊魂の海へ帰ってゆくのです。」
そして、次に別の本を読みあさってみる。
「最近では衛生上の理由から火葬が基本ですが、明治時代以前までは土葬が広く行われていました。現代でも、土葬を行う国が存在しますが、それは宗教上の理由で死んだ身体がよみがえることを意味します。」
男は本を閉じて考えた。 「明治時代と言うと、国内最北では函館が開港していたな。そう言えば、ちょうどあの模型船の実験写真にうつった子がいた場所はどこだろうか。もしかして、そこには我々が忘れてきてしまった100年前の国の形が見えるのかもしれない。よし、今度、青森から函館行きのフェリーにでも乗って写真の場所を探ってみよう。」
